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2005年11月30日 (水曜日)

虹色の天使

毎日、小さな塊を飲み込みながら、なんとかやってます。
本当に、些細なことの積み重ね。1つ1つはしょうもないバカバカしいことなんだけど ( 後になるとそう思える )、それでも塵も積もれば山となって、ふとした瞬間にだーっと堰が切れそうになる。うーむ、まだまだ修行が足らないなぁ。笑顔、笑顔、と。(ニッコリ)


昨日は朝からお義母さんの歯科医通院のお供。10時半の予約だったのが早めに家を出て10時には診察室に入る。しかしそれからが長かった。診察と待合室を出たり入ったりしながら診察が終わったのは12時半を回っていた。お義母さんはワタシを待たせていることにとても恐縮し、衛生士さんに「まだかね?」「遅いねえ」を連呼していたけれど、ワタシはその間ずっとサトクリフの『ともしびをかかげて』を読んでいたので、ぜんぜん時間が気にならずに済んだ。きっとこの先、サトクリフのローマン・ブリテン・シリーズを読むたびにお義母さんのことを思いだすんだろうな。


12時半に歯科医を出て、それから近くのお蕎麦やさんに入る。
お義母さんは仮の歯(下の歯)が入ってようやく食べ易くなったらしく食欲も湧いてきたらしい。張り切ってうな重を注文。ワタシは親子丼を頼む。2人で向かい合って座ってもそう会話が弾むこともなく、もくもくと食べ続けるって感じ。ワタシとお義母さんって共通の話題が少ないんだもん。寅や子ども達のことを話したらあとはもうワイドショーネタくらいしかない。話がないのに話さなきゃならないというのもしんどいモンだ。


帰りに「コーヒーでも飲んで帰るかね?」とお義母さんが言ってくれたけれど、ワタシは「早く帰りたいです」とやんわりと断わる。これ以上2人で向かい合ってコーヒー飲んだって美味しく思えるはずもない。それに、ワタシは車の運転が苦手ってことを、お義母さんはイマイチ理解してないんだよなぁ。いつも家の周辺しか乗らないワタシが、お供で駅前周辺をウロウロすることがどれだけ大変なことか、きっと免許を持たない人には分かんないだろう。ホント、車の運転って、どうやったら上手になるんだろ。


サトクリフに嵌っている。こないだ『ローマとケルトの息子』を読んでからというもの、『第九軍団のワシ』『ともしびをかかげて』を読み終えた。今は『夜明けの風』を読み始めたところ。紀元前のイギリスの歴史なんてこれまで想像したことも無い世界だったけれど、サトクリフと出会ってからというもの、日本の大和時代よりも身近に感じる。それもこれも、まるでサトクリフが見てきたようにあの時代を物語っているせいだ。日本の児童文学ではサトクリフのような骨太な歴史を得意とする作家というと誰になるのかな。上橋菜穂子さんは日本が舞台じゃない上にファンタジーだしなあ。


kodakara

子宝草にやっと出来た「子」たち。
こんなふうに、葉っぱの先にずらっと小さい子ども葉っぱが生まれる。
可愛いなぁ・・・。




B.G.M「 NIKKI / くるり 」

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2005年11月28日 (月曜日)

Tonight Is The Night

うーん、困った。
1日のうちでいつPCに向かったら良いものか、自分の中でのルールが未だ定まらない。24日に退院したお義母さんがそのままウチで暮らしている手前、昼間にPCに向かうことはなんだか遊んでるようで ( 実際遊んでるんだけど ) 憚かられるし、かと言ってこれまでみたいに夜更かしもし辛い。やっぱりPCが居間にあるのが不味いんだよなぁ。うーん、このままでは自分のペースってものが完全に失くなってしまいそう・・・。


お義母さんは退院後、ずっと寝たり起きたりの生活を送っている。
病院で絶食が続いたり術後もあまり食べられなかったりですっかり胃袋が小さくなってしまったのか、はたまた薬のせいか、なかなか食欲が戻らないらしく、食事の量が極端に少ない。寅が「入れ歯が合わないせいやろー」と言うので、今日から歯科医に通うことになった。お義父さんが「食べられんっていうのがいけんのう」と心配している。まぁまだ退院して日が浅いので今後徐々に回復してってくれれば良いのだけど。


それにしても、朝昼晩、他人に食事の世話をするのは大変だと、今更ながら。
自分一人とか寅や子ども達だったら、面倒な時はラーメンやマクドナルドで済ますことだって出来るけど、今はその逃げ道も塞がれている。なんだか1日中台所に立ってるような気がするよー。かと言ってそう大そうなメニューなハズもなく、家の前の畑から採って来た野菜を使っての田舎料理ばかり。お義母さんは麺類が苦手なので、これまでの我が家の定番が使えない。


今日は退院後、初めて外出をした。
午前中、眼科と歯科医にお義母さんを連れて行く。眼科は以前から白内障で掛かっていたらしい。歯科医は新しい入れ歯を作るため。眼科は休み明けということもあって1時間以上待たされた。待合室はお年寄りの虫干し状態、すっごい患者数。ワタシがお義母さんを待っていると、隣に座っていたお婆さん2人が「あんたは若いよ。」「わたしゃ84歳よ。あんたこそ若いよ。」「わたしだってもう82歳よ。」と言い合っていた。


1127お義母さんは病人だし、体が弱ってるんだから・・・と自分に言い聞かせて我慢しているけれど、実際に毎日一緒に暮らすということは考えていたよりもずっと大変だ。同情だけでは受け入れられないだもん。「寝食を共にする」ということは、互いに譲り合わなくっちゃ出来ないことだと思い知らされる。1つ1つは我慢できても生憎それが重なって感情がどうしようもなく高ぶりそうになったら、ケロロのボケた顔を見て我に返るようにしている。台所にぶら下げたケロロ。ワタシの冷静取り戻しマスコット。




B.G.M 「 NIKKI / くるり 」

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2005年11月21日 (月曜日)

金木犀

この月曜・火曜は寅は代休。
朝食後パチンコへ一勝負に出かけるが、まるで折り返しのようにすぐに帰って来た。またパチンコ屋さんに預金 (?) してきたらしい。


11時過ぎに2人で出かける。
そのまままっすぐお義母さんの病院へ。病室に行く前に寅と病院内の食堂へ行き、かけそばを食べる。けっこう美味しかった。寅は肉うどんを食べるが「足らない」と言って売店でサンドイッチを購入。ワタシもお義母さんに飲むヨーグルトとジョアを買った。その後病室へ。ちょうどお義母さんもお昼を済ませたばかりのところで、こないだよりもずっと顔色が良くて元気そうにしていたので一安心。退院後のことについて話す。


ここの病院はとにかく家族への説明が少な過ぎる。
患者が大人だから患者にさえ言っとけばそれで済むと思ってるのかもしれないが、お義母さんは担当医が何か言えばただそれをありがたがって頷くだけなんだもん、もっと治療方法や今後のことなんか家族にもきちんと説明があって然るべきだと思うのに。10月末に入院してから担当医から説明があったのは11月1日の1回と、手術直後の立ち話、そして先週こちらから説明を求めてようや時間をとってもらっての1回の計3回のみ。これが普通なんだろうか。抗がん剤治療の開始や退院が延びたことなど家族に何の説明もなかったことも不信感は募る一方。


3人で話していると、叔母(お義母さんの妹)がやってきて、寅とワタシは帰ることに。
「退院後、養生のためにしばらくウチに滞在させてもらいたい」ということをお義母さんの口からようやく聞く。お義母さんもきっと不安なんだろうな、どんなふうになるのか。ワタシも不安。1週間に1回は通院して抗がん剤を投与だなんて、そのたびに吐き気やだるさに苛まれるというのに、これまでどおりの暮らしに戻れるんだろうか。


病院のあと、ヤ○ダ電機へ。
石油ファンヒーターが調子が悪いので修理に出す。どうやっても点火しないんだよなー、なんでだろう? ヤ○ダ電機で購入したものではない上に保障期間を過ぎてるので手数料に「2100円かかります」とのこと。やれやれ。修理代が何千円もかかってしまったら、新品買った方が安上がりなんじゃないか。


電気店を後にして、寅の実家に義父を迎えに寄る。
昨日、義妹が東北へ戻ってしまったので、再び義父をウチで預かるため。寅の予定では、ちょうど紅葉シーズンだし、義父も連れて帰り道で紅葉の有名なお寺に寄ってみるつもりだったのが、義父は風邪をひいていて熱があるらしい。具合の悪いなら仕方ない。家に直帰。


夜は、『逃亡者』の続きを全部観た。
DVD4巻と5巻。全5話まとめて観た。いやー、面白かった。最終回はちょっと駆け足過ぎに思えたけれど、まぁ概ね満足。阿部ちゃんがとにかく良かったなぁ。こういう正義の主人公って正し過ぎて人間的な魅力に乏しくなってしまうのだけど、そこはダーティー阿部がフォロー。阿部ちゃん抜きにはこの『逃亡者』は成り立たなかったよ、ブラボー。水野美紀も一皮剥けた感じ。田中美佐子風の女優になりそう。




B.G.M 「 地図 / ランクヘッド 」

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2005年11月20日 (日曜日)

白い声

お義母さんの退院がやっと決まった。24日の木曜日。
こないだ覗いた時に吐き気がする点滴をうったというのはどうやら抗がん剤だったらしい。それをまた24日の退院時に投与するそうな。ということはやっぱり退院してもすぐには家事なんか出来そうもないだろう。寅と相談して、しばらくウチへ来て貰うよう言ってみることにした。寅は「それじゃアナタが大変やろ」と言ってくれたが、心配しないで。寅にだってたっぷりと親孝行させてあげるから。(不気味な笑み)


土曜は、自治体のイベントで、小中学生の相撲大会が行われた。
小学生は6年生男子が全員強制参加。長男は「イヤじゃー」を連発していたけれど、体操服ズボンの上からしっかりとまわしを巻いて貰っていた。団体戦と3人抜きとで計3回戦って3敗。からだが小さい上に腕っ節も弱い。貧弱な上半身を寒そうに猫背にした姿はすでにもう文科系男子~って感じ。間違っても格闘技系にはなれそうもないな。


夕飯の時、喉が渇いてつい牛乳をコップ1杯飲んだら、しばらくして酷い腹痛に襲われた。まったく、いつからこんなに牛乳に弱くなってしまったのか。ホントはカルシウムのためにもなるべく牛乳を摂りたいところなんだけど、どうもお腹との相性が悪くて躊躇。ウチは実家の母も同様に牛乳と相性が悪いので、遺伝なのか。


我が家はただいま『逃亡者』ブーム。
(ドラマを日頃観ない家なので、こうしてDVD化されてまとめて鑑賞する) 初回からハラハラしっ放し。警視庁がキャリア組のくせしてあまりにも不甲斐ない気がしないでもないけど、江口くんと阿部ちゃんの対比は見事。阿部ちゃん、『トリック』の上田先生と見事に役を演じ分けてるよ、素晴らしい。続きが楽しみなドラマって、なんか久々だなぁ。あと、水野美紀が良いね。青島チームの時よりもこっちの女刑事の方が断然カッコイイ。ワタシは男前な女の人が大好きだ。




B.G.M 「 地図 / ランクヘッド 」


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2005年11月18日 (金曜日)

日めくりカレンダー

午前中、義母の病院へ向かう前にブックオフに寄り、初めて「買取」を経験。
ほとんどが漫画本で全66冊。3300円で買い取って貰えた。高いのか安いのか。そりゃ原価を考えれば ( たった3300円か・・・) と不足に思うのは仕方ないけど、箪笥の奥で眠ってたガラクタがお金になったと思えばけっこう買取も悪くないかも。
いつも寅の横に乗ってるだけで何とも思わずに道路を見ていたツケが回ったんだろう、道を間違えて大学の構内に入り込んでしまった。よくそこでブックオフに寄ることを諦めないで、辿り着いたよ>自分


11時過ぎに病院へ到着。
窓際にベッドが移動になって居心地の良い場所を宛がって貰えていた。義母はぐっすり眠っていたので、起さずにそこから離れ、売店に下りて行って自分の昼食用にサンドイッチと、義母へ飲むヨーグルトを2つ買って、再び病室へ戻る。それでもまだ眠っていたので、横の椅子に腰掛けて文庫本を読んで待つことにする。正午、「食事を取りに来てください」というアナウンスが入り、ようやく義母が目を覚ます。


昨日、痛み止めの点滴を打ったせいで吐き気があるとかであまり食欲の無い義母は、ほとんど手付かずの昼食のあと、ワタシが差し入れた飲むヨーグルトを美味しいと言って飲んだだけ。隣のベッドの人が「わたしは食欲が無くても薬と思って食べてるよ」と言われたので「そーですよねぇ」と相槌を打つが、義母には通じなかった。どうやら無理をしても食べようという気持ちさえ湧かない様子。これじゃぁ退院はまだまだ先だな・・・。


病院に1時間半ほどいて、その後寅の実家に寄る。義妹が午後から病院へ覗きに行くと言っていたので、ついでに買い物とかあるのなら一緒にスーパーに同行してやろうと思ってのこと。幼児2人を抱えて買い物し歩いて帰るのは大変だろうから。しかし買い物は昨日済ませていたらしい。そのまましばらく義母の容態について話し合った。義妹もじきに東北へ戻らなくてはならないので義母がいっこうに回復しないのが心配で堪らない様子。さぞかし後ろ髪引かれる思いだろう。


2時ごろ義妹と義父を病院まで送り、そのまま帰宅。
帰るとポストにウレシイ贈り物が届いていて、開封して手紙を読みながらちょっと涙ぐむ。こんな時、人に優しく労わって貰うと本当に嬉しい。ありがたいなぁ・・・。


関西に住む妹に、久々に電話した。
妹んちも今、上の女の子がある症状の検査の最中で不安な日々を送っている。「絶対何もないって。取り越し苦労だよー。」と言ってやるが、親である妹の不安な気持ちは痛いほど分かる。伯母としてワタシも姪っ子の健康を祈るのみ・・・。


4時、下校時刻を見計らってお迎えに行く。
インフルエンザの予防接種を受けに行くため。子ども達には何も言ってなかったので、校門前に佇むワタシを見て「どうした?」と驚かれた。そりゃそーだよねー、ワタシが迎えに行くなんて、ほんとに滅多に無いことだから。小児科ではワタシも一緒に注射して貰う。子ども達は第2回目を12月8日に予約。




B.G.M 「 朝顔 / レミオロメン 」


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2005年11月17日 (木曜日)

庭の木

2週間ぶりの日記。
この半月ばかりの間、実にいろんなことがあった。普段ならたった半月くらい、なんてこともなく過ぎ去ってしまう時間なのだけど、今度ばかりは勝手が違う。目まぐるしかったなぁ・・・。状況はまだ半分くらいしか片付いてないのだけど、自分の足元だけはしっかり土台が作れたように思う。腹を括ったと言うべきか。もう、これからは平気だと思う。オロオロメソメソも封印。(できるかなー?)


ホントはこの2週間にあったワタシのぐちゃぐちゃを、事細かに覚え書きしておいたほうが後々の教訓というか自戒になるとは思うのだけど、実のところもう、あまり思い出したくない。(そりゃそうだよなー) だって、今落ち着いて思い返せば、何を1人悲劇のヒロインみたく酔っ払っていたのかと、恥ずかしさと見っとも無さで憤死しそうになる。穴があったら入りたいくらい。でも、それもこれも「今」だから言えることで、その時には心の中はいっぱいいっぱいだった。


この2週間の間に、「みやこ忘れ」と「忘れな草」を庭に植えた。どちらもしっかりと根付いてくれるといいな。居間の「子宝草」はようやく葉に子どもが出来始めた。ウレシイ。




1116


僕を見下ろす 庭の木には
二本の腕と 二つの目玉

小さな景色を 覚え続けた
季節の中で 根を張り続けた

僕が旅に出た朝 くやしそうに花をつけた

僕が海を見た日は 木枯らしに枯れていた

僕が途方に暮れた日には 夏の光に揺れていた

僕があの娘に触れた夜  見たことない実をつけた


歌詞 : 辻村豪文




B.G.M「 旅 / キセル 」

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2005年11月 4日 (金曜日)

サンキュー

なんだかいろんなことを思いつめて、無駄に肩に力が入っていたかもしれない。
夕方、仕事を終えた寅と、義母の入院している病院を訪ねた。8日の火曜日に手術が決まり、インフォームドコンセントを受けるため。こないだも6時の約束が7時過ぎまで伸びたように、今回もまた7時すぎまで待たされる。担当医師が手術中だったらしい。今回は叔母(義母の妹)も寅と義母に同席し3人で医師からの説明を受けた。すると、先日の詳しい検査で、大腸に腫瘍は出来ているのは間違いないけれど、転移も認められないしごく初期の段階にあたるので、手術も開腹することなく済むそうな。寅をはじめ、皆がどれだけホッとしたことか。本当に良かった。開腹しないので退院も早いだろうとのこと。あぁ、また前の生活に戻れるんだねぇ。あの11月1日の、何もかもが変わってしまったように思えた焦燥は、もうしばらくは味わずに済みそうだ。


8時過ぎに帰宅。
お義父さんも一緒にウチに来る。お義母さんが退院し元気になるまでは、お義父さんをウチで預かることにした。これがまたマイペースな人だからなぁ、どうなることやら。


寅もよほど安心したのか、テレビを観たままうたた寝をしていた。お疲れサン。




B.G.M 「 h・o・p・s / GOING UNDER GROUN 」

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2005年11月 3日 (木曜日)

同じ月を見てた

1103午前中は、サッカーの試合で県中央部まで遠征。
道が分からなくて、前を走る他の団員さんの車をひたすら追跡。なんとか目的地まで辿り着いた。小学生用の若干小さめではあるけれど、サッカーコートが8面も並んだ広大な場所はウチの市にはない。変則リーグ戦ということで2試合行った。あいにく怪我や他のお稽古事で参加できないレギュラーが4人もいて2~3年生が半分を占める先発メンバーになってしまったので勝てるはずもなかったのだけど、案の定2敗を喫して午前中で敗退決定。まったく何のために遠方まで繰り出したのか。『おおきく振りかぶって』の4巻の中で、選手達にとって最大の敵は自陣の応援者たちだというようなことが描かれてたけれど、やっぱり、心から応援してるとどうしても1つのプレーで一喜一憂してしまうのは仕方が無いよ。負けた時のショックはきっと選手達以上だと思う。それが良くないんだろうけど。


3時前に帰宅。
寅と次男と末っ子は夕飯を済ましてから帰って来た。が、お義父さんがまたしても「出かけとうない」と言うので、お義父さんだけ残して、博多から見舞いに来ていた義弟とだけ連れ立って外食をしてきたらしい。いったい何のために夕飯時までいたんだろ。おまけに朝もお義父さんが味噌汁を作ってくれたらしいのだけど、具材がナマ煮えの酷い味噌汁だったらしい。(子どもたち談) 寅ってば何のために泊まりがけで行ってきたんだろう。ホント、父と息子って・・・。


で、帰宅した寅が、東北に住む義妹が知り合いの祈祷師に頼んで、先だって開眼供養したばかりのお墓を見て貰うことにした、と言うではないか。これには驚いたのなんのって。まさかソッチに走るとは思ってもみなかった。義妹の連れ合いの知り合いに祈祷師さんがいて、お墓を五島から動かしたのが良くなかったかもしれんから供養しましょうということになったらしい。まったく義妹ときたら遠方から余計な口ばっか挟んでくるんだから。おまけに寅まで「やって貰おう」と言う。はぁ・・・。(脱力) 人間ってホントに弱い生き物なんだなぁとしみじみ。


ワタシも内心では言いたいことだらけだったけれど、祈祷師さんの件については表立って反対はしないことにした。そんなことで気が済むんなら、なんでもやってみれば良い。きっと東北の妹も寅も100パーセント信じ切っている訳がないけど、まぁ気休めってヤツなんだろう。しかし寅って普段はこういうことを毛嫌いしてるくせになぁ。博多の義弟には知らせないまま。寅いわく、義弟なら即「バカバカしい」って言うに決まってるからだって。寅もいつもなら同じ台詞を言ってるよ。




B.G.M 「 h・o・p・s / GOING UNDER GROUND 」

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2005年11月 2日 (水曜日)

トランスファー

昨夜からいろんなことを考えた。
寅もおそらく考え込んだことだと思う。義母の入院が長引くことが決まった今、義父を1人置いておけないことだけは確かなので、とりあえずはウチに来て貰おうねと、寅と話す。午前中、博多の義弟の嫁さんから電話。昨日の夜、寅は博多の義弟と東北の義妹に電話で今現在の状態を連絡していた。2人とも寝耳に水だったようで、特に義妹のショックは大きかった模様。遠く離れてるぶん、何も出来ないことが歯痒いのだろう。博多のお嫁さんはワタシに「何でも言って下さいね。」と言ってくれたので、ワタシも「一緒に助け合おうね。」と、ちょっと涙ぐんでしまった。そう、泣き言を言うのはまだ全然早い。


午後から、レンタルしておいた『ロックンロールミシン』を観た。
ウチはTSUTAYAでDISCASという宅配DVDレンタルを利用しているのだけど、このシステムは2枚VDVが届いたらそれを返却しない限り次のDVDが届かない。だから早く観終えなくちゃいけないと、いつも焦ってしまう。この『ロックンロールミシン』は行定勲監督が『GO』の次に撮ったものらしい。ワタシは原作の鈴木清剛が好きで観たかっただけなんだけど、『GO』に至らないまでもけっこう良かった。エンドロールでキャストの最初に池内博之の名前が出たけど、どう見たって主役は賢司役の加瀬亮だったと思う。ドキュメンタリーっぽくゆらゆらとぶれるカメラワークが良かった。ついでに原作を読んでみたくなって注文する。


夕方、仕事から帰って来た寅は、次男と末っ子を連れて義父の元へ泊まりに行く。
ワタシは明日が長男のサッカーの試合で県中央部まで行かなくてはならないので、今回は寅だけ。まぁ自分の親の面倒なんだからまずは率先してやらなくちゃね。食事の支度が最も心配なんだけど、この便利なご時世なんだから何とでもなるでしょう。ワタシと長男は静かな2人きりの夜となった。


11年間お世話になったぶっくくらぶに遂に退会届を出した。しみじみとこの年月を思う。




B.G.M 「さよならストレンジャー/くるり」


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2005年11月 1日 (火曜日)

東京

朝、実家の両親が義母のお見舞いに行くというので、お供をする。
ちょうど父の定期検診と大叔母のお見舞いに行く用があったので、ついでに義母の病院へも寄ることにしたらしい。つまり病院のはしご。( あんまりいいもんじゃないね。 ) 最初に父のかかりつけに寄り、父が診察を受けている間に母と近くのスーパーで、義母へのお見舞いの品を買い求めた。昨日から食事も普通に食べられるようになったそうなので、義母のために果物とお菓子を少々買う。その後車の中で母とオシャベリしながら父を待った。父と母と3人で外出なんて考えてみたら随分と久しぶりのこと。たまにはこれも良い。


お義母さんの病院へ着いたのは11時過ぎだった。
病室へ行く途中で処置室の前を通ったら義母がベッドに腰掛けていたので「あれ?なんかやるんですか?」と尋ねる。義母は「いやね、担当の先生から呼ばれたのよ。」と言うが、しばらくして偶然処置室の前を通りかかった医師が「あれえ?○○さん、呼びましたっけ?」と不思議そうに言う。なんと、義母は勘違いして勝手に処置室で待っていたらしい。ふふっ、お義母さんて昨日の鼻チューブのことと言い、ホントに天然だよなー。


ウチの両親と病室に戻り、しばし談笑。
お義母さんはすっかり痛みも取れ食欲も戻ってきたので、この様子じゃ早く退院できるんじゃないかとウレシそうに話していた。ワタシが「13日に学芸会があるのでそれまでには良くなって観に来て下さいね。」と、プログラムを渡すと、お義母さんはウチの両親に「一緒に行きましょうね」と約束し合っていた。そしてワタシに、「担当の先生から家族に話があるそうなんで、夕方の6時に寅でも志生野さんでもいいから来てくれんかね? 駄目なら叔母さんに頼むけん。」と言う。ワタシは内心(ええーーっ、夕方また来なくちゃいけないの!?)と思ったけれど、やっぱりいくら近くに住んでるからって叔母には任せられないし、腹を括って「じゃあ6時に寅かワタシが来ますね。」と言って病院を後にする。その足ですぐ寅の職場に電話をかける。寅は「家族に話ってなんだろ?」と言うので、「さあ、経過説明じゃないの?」と適当に言っておく。ワタシも子ども達も一緒に病院へ行くことにする。


6時前に病院へ到着。
ちょうど夕食の時間帯で、運ばれてきた食事に子ども達がいっせいに反応しトレーの上のお皿に手を伸ばそうとする。やんわりけん制するが、義母が「いいから、いいから。」と言ってウレシそうに子ども達におかずを分け与えてやっていた。担当の医師は6時過ぎになっても現れず、6時半になって看護婦さんが「会議で遅れてますので、7時まで待っていただけますか?」と申し訳無さそうに告げに来た。こんなことならもっとゆっくり来れば良かったと皆で愚痴る。7時過ぎになってようやく寅が呼ばれた。迎えに来た看護婦さんが「○○さんもどうぞ」と一緒に義母も連れて行く。ワタシと子ども達は病室でおとなしくテレビを見て待った。


7時18分、寅と義母が戻って来た。
1時間以上待たされて話は15分程度で終わりなんていったいナンなんだ!? 病室に戻って来た寅は「帰ろう」と言う。「先生、ナンだって?」と訊くが「帰りながら説明する」と言っただけで、何も言わない。しょうがないので義母に「じゃあまた明日来ますね」と言って、皆で帰る。義母から「帰りに何か食べて帰りなさい」と心付けを戴く。ラッキー。


駐車場へ向かう道で、寅から信じられない話を聞かされた。
ただの腸閉塞じゃなかったなんて・・・。
どうやら義母の入院は長引くことになりそうだ。




B.G.M 「さよならストレンジャー/くるり」

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