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2005年4月28日 (木)

オオカミと石のスープ

オオカミと石のスープアナイス・ヴォージュラード 作・絵     平岡敦 訳
もし、『この穴の中は決して見てはいけません』『このドアは決して開けてはいけません』と禁止されちゃったら!? 逆に、覗いて見たくてたまらなくなるのが人情ってモンですよね。(笑) この絵本は、まさにそんな人間の心理を逆手に取った作品です。
正方形に近い大型絵本の表紙に、何やら怪しげな眼をしたオオカミが1匹。この眼は絶対危ない!と読者だって確信してるし、メンドリのおかみさんだって解っている。解ってはいるけれど、そこは『怖いもの見たさ』の好奇心が優先してしまい「本物のオオカミって見たこと無かったし・・・。」とおかみさんはドアを開けてしまう!!(ここは妙に共感できる)
オオカミは『石のスープ』を作ってやると言うけれど、『石のスープ』っていったい何?本当にそんなスープがあるの?オオカミは本当にスープを作る気があるの?もうその様子を見ているメンドリのおかみさんも、わたし達読者も、「きっとこのまま普通のスープが出来るわけがない!何かが起きるに違いない!」と固ずを飲んで見守ります。ドキドキ・ハラハラ・・・。
この作品って、一種、演劇の舞台を見てる雰囲気がある。お芝居に仕立てたら、面白いんじゃないかなぁ。
それにしても、この登場人物(動物)達の、一癖も二癖もありそうな目付きったら!

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でてこいミルク!

でてこいミルク!ジェニファー・A・エリクソン 作     オラ・アイタン 絵
絵は、子供の頃、図画の時間に絵を描いている時、せっかくパレットの上で色を作って塗ってたのに、途中で足りなくなって、一生懸命わずかな絵の具を引き伸ばして塗ってる・・・ような感じ。(意味わかる?) つまりベタベタに塗ってないで、ところどころ紙の下地が出てる、風合い。だからこそ、なんか子どもの絵のように純朴で豪快。
話は飛ぶが、うちの夫。大学を休学して、北海道の牧場で半年働いていたことがある。そのせいか、いやに酪農にも詳しいのだが、先日も動物園に行ってキリンを見てる時、『あ~、あの乳、搾ってみたい!』と一言。
やっぱり、おっぱいを搾らなければ、ミルクは出てこないということ。


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ルラルさんのごちそう

ルラルさんのごちそういとうひろし 作  ほるぷ出版
おなじみルラルさんシリーズの第3作目。
しかし、いとうひろしさんの絵って男性ぽくない。シンプルで几帳面な絵。その几帳面さが、ルラルさんにも伝染してるように、流しの上の棚に整然と並んだキャニスターや、食器棚に趣味良く飾られたテーブルウエア達が、ルラルさんを象徴している。几帳面なルラルさんは、もちろん料理の道も極めて、作ろうと思えばすごいご馳走が出来るのに、めったに料理をしない。なぜかと言うと、食べてくれる人がいないから・・・だというが、わたしは案外、台所が汚れるのが嫌だからではないかと踏んでいる。
わたしが独身時代に通った料理教室の先生は、大の片付け下手だった。いつも、その教室(兼自宅)に伺うと、所狭しと台所道具が溢れかえっていた。お鍋に蒸し器、お皿にオーブン。慣れないうちはどこに何があるか解らなかった。が、がである。その料理の腕は素晴らしかった! 美味しかった!
あれから、わたしは、片付け上手が料理上手とは限らない、という変な安心感を持ってしまった。ルラルさんもきっと、味わうことに集中してみたら、気が楽になれたんだろうなぁ。

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クマくんのはちみつぶんぶんケーキ 

クマくんのはちみつぶんぶんケーキ 柳生まち子 作    福音館書店
大好きな柳生まち子さんの、ミニ絵本。 もう1冊『バタつきパンのジャムつきパン』と一緒にシリーズになってます。
柳生さんのイラストは、そのまんまオシャレな雑貨屋さんの雰囲気。 きっとご本人もセンス良く暮らしておられるんだろうなぁ。主人公のクマくんもブタさん親子も今風のカジュアル系の服を着てます。
ブタくんの家の台所なんて、思わず「これよ!」と叫びたくなるような、主婦の憧れのキッチン!『バタつきパンのジャムつきパン』の食事のページもそうなのですが、このクマくん、テーブルウエアの趣味も非常にGood。まったく隙がありません。(笑)
柳生さんの描かれる絵本って、悩みが無いんですよね。絵を楽しむための絵本。テキストは、添え物くらいの気持ちでOKだと思います。
そうそう、この絵本は、お菓子作りのレシピ付きなんで、その趣味のある方、ご参考になさってみてください。

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2005年4月27日 (水)

『びりっかすの神さま』

びりっかすの神さま岡田淳 作・絵  偕成社
この作品を読み終えて思うのは、現役の小学校教師である岡田さんがよくぞこれを発表したなぁということ。児童文学ながら一歩間違えれば現場批判に成りかねない問題作だとわたしは思う。もし今実際に教師をなさっている方々がこの物語を読んだら、作中で過度に成績を重視する担任教師の学級運営を「ありえない」と一言で片付けてしまうかもしれない。が、あの担任教師だっておそらく「児童のためを思って」という大義名分を掲げているのではないか?「児童のため」ならば競争を促し、一歩でも他者より抜きん出ることを推奨するのではないか。岡田さんは、そんな教師の誰もが陥りやすい罠をさらりと皮肉りながら、理想と現実の狭間で揺れ惑う教師の姿をも浮き彫りにしていると思う。

4年生の木下始は父親を亡くしてお母さんと二人で暮らすために転校する。ところが転校先のクラスは教室の座席が成績順になっていた。勉強に限らず運動も給食を食べる早さまでもが競争というクラス。そんな教室で、始は信じられないものを目にする。それが「びりっかすさん」との出会いだった・・・。

この物語の感想を「読書感想文」的にまとめるなら、「1番になるために、他人より抜きん出るために頑張るのではなく、自分の持てる力の全てを出し切るために努力することがいかに大切なのかよく分かりました。」といったところか。まぁそのあたりの優等生的感想文は読者層である児童たちに任せるとして、大人であるわたしは、そんなきれいごとでこの物語を片付けたくはない。
現実問題として、頑張ろうが頑張るまいが「学校」においては順位はあらゆる場面で付きまとう。もし本気で頑張りさえすればまったく成果が上がらなくても満足なのか、と言えばそれは甚だうそ臭い話になってしまう。それは社会においても言えることで、競争の名の下に価格の低下や製品精度の向上という恩恵を被りながら、一方では自分達の人生を重苦しいものにしてしまってもいる。
岡田さんは、そんな「矛盾」を描きたかったのではないか。理想と現実、本音と建前。人はいつもその間を揺れ惑う。「びりっかす」の正体を岡田さんがあのように設定したのも、そんな人間の揺れる気持ちを具象化したかったのではないか。

と、いつもながら、本筋から離れた感想になってしまいましたが、これから読む方には、ラストの思いがけない展開をたっぷりと味わってほしいものです。

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2005年4月22日 (金)

『ダンデライオン』

ダンデライオンドン・フリーマン 作  アーサー・ビナード  訳
福音館書店から出版されたのは今年の2月ですが、ドン・フリーマンがこの作品を創作したのは1960年代のこと。フリーマンと言えば『くまのコールテンくん』という名作を生んだ絵本作家として著名なだけに、どうしてこの作品がこれまで日本で紹介されなかったのか不思議なところです。(もしかして以前違う翻訳で出版されてたのかな?)

キリンのジェニファーさんのお茶会に招待されたダンデライオンは、思いきりおしゃれをします。たてがみに流行のパーマネントをかけ、新しいセーターを買い、ステキな花束を買って。ところが、せっかくジェニファーさんの家を訪ねてもおしゃれしすぎて誰だかわかってもらえません。仕方なくダンデライオンはとぼとぼと帰って行きますが・・・。

『くまのコールテン』と同じように「ありのままの姿を受け入れる」というテーマが、この作品の根底に流れているようです。でも正直言うと、せっかくの御呼ばれに御洒落して行ったダンデライオンの気持ちが報われなかったことは少々がっかりしました。誰だって、招待してくれた相手のことを好きであればあるほど、いつもと違った自分を見て貰いたいじゃないですか。けっしてダンデライオンはエエカッコシイをした訳じゃないと思うんです。それをジェニファーときたら冷たくあしらって門前払いするんですもん、ダンデライオンが気の毒になりました。だいたいジェニファーも女性ならダンデライオンの御洒落姿に気付いてやっても良さそうなもんなのに・・・。
と、またしても物語の本筋から逸脱した感想を言ってるかな?、わたし。(笑)
ま、ダンディーではなくなったダンデライオンがダンデライオン(たんぽぽ)を贈るというオチに繋げたかった作者の意図(そうなのか?)は尊重しておくことにします。
それにしても、オシャレしていく最中のダンデライオンの笑顔がむちゃくちゃ可愛いんですよ。なんかもう「満面の笑み」とはこのことって感じで。だから余計に報われて欲しかったのかも。
あえて色数を押さえてタンポポの素朴さを引き出したイラストは、ちょっぴりセピア風味(懐古調)で味わいがありますよ。

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2005年4月20日 (水)

『クロてがみかこう』

kurotegamikakou木葉井悦子 作  こどものとも 1991年6月号
木葉井さんの絵本を開くと、なんだかほんのちょっぴり寂しくなってしまう。もう新しい作品と出会うことは無いんだという感傷がそうさせるのか、それとも作品自体に哀しみの破片が潜んでいるのか。

アフリカで生まれたシェパードのクロは今は小金井町で「わたし」の家族と一緒に暮らしている。今日はアフリカに住むムフおじさんに手紙を書くことにした。クロと「わたし」の日々を添えて・・・。

木葉井さんのこの天衣無縫な絵を「こどものとも」の主な読者である子ども達はなんと思うのかな。もしかしたら、その親たちには受けが悪いかもしれない。でも、彼女の作品はたとえお行儀が悪く見えたとしても、読者を丸ごと包んでしまう大らかさがある。決して「分かってくれる人にだけ分かってもらえば良い」んじゃなくて、「どうぞいらっしゃい」と読み手を手招きする包容力がある。彼女の描く線の柔らかさを見ればそれは一目瞭然だと思う。水彩絵の具を水たっぷり含ませた太い筆で自由気ままに色を重ねていく豪快さ。木葉井さんご本人の性質もきっと絵のとおりだったのでは、と思われる。
この作品で1番好きなページは、クロと「わたし」が、縁側に座って雨に打たれる紫陽花を見ながら、「今日は外に出られないねー」と話す場面。「わたし」の無垢な表情とスカートの裾から覗く小さな足の裏、そしてそんな「わたし」に寄り添うクロの穏やかな背中が、せつないほどいとおしい。

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